« 【映画評】花とアリス | トップページ | 【日記】ケータイと恋愛 »

【日記】Napsterと魂の在処

何の雑誌かは忘れてしまったが、斉藤環が『攻殻機動隊』の設定に面白いいツッコミを入れていた。
『攻殻』の世界では、電脳によりデジタル化された体験や記憶を、コピーして他人と共有することができる。しかし、ゴースト(魂)だけはそれができない。ゴーストのコピーは重罪である上、たとえコピーしても劣化するため、同一のゴーストを持った人間を2人以上作ることはできない。だから、何度義体を乗り換えようと草薙素子のオリジナリティは揺るがない。どんな義体であってもゴーストを転送すればそれは草薙素子になるし、ゴーストが入っている義体が機能停止すれば素子は死ぬ。このゴーストこそが『攻殻』世界での「生命」の定義である。
しかし、よく考えると「転送」はできるのに「コピー」できないというのは奇妙な話だ。われわれのパソコンでそうであるように、デジタル世界の「転送」というのは「元のファイルが削除されるコピー」であって、両者の間に原理的な違いはない。デジタル化したゴーストを「転送」できる以上、「コピー」もできなければおかしい――。

ゴーストがコピーできるということは、すなわち「不死」ということである。ドラマ的に不死では都合が悪いので、「ゴーストの唯一性」という設定を必要とした――こう説明することは容易だ。しかし、僕はこの文章を読んだとき、まったく別のことを考えてしまった。それは『攻殻』世界においても、実はゴーストのコピーは無制限に可能なのではないかということだ。技術的に魂を含めた精神のすべてをコピーすることはできる。しかし、それでは「人間」と「人形」の境界がなくなってしまう。だから、密かに「コピーガード」を設置してゴーストの完全なコピーを妨害し、ゴーストという唯一性を仮構しているのではないか。つまり、『攻殻』の人々はコピーガードにより、ありもしない「ゴースト」などというものが存在することを、信じさせられているのではないか。

もちろんこんな裏設定は存在しない。完全に僕の妄想である。だが、この妄想は昨今のデジタルコンテンツにかけられているコピーガードから連想したものだ。既にお亡くなりになったCCCDや、緩和の方向に進みつつあるデジタル放送のコピーワンスは、元はといえばコンテンツの唯一性を守るためのものであり、アウラを取り戻すためのものであり、ひいては「失われた魂」を捏造しようとする試みである。二度と再現されない生演奏から、ビニールの円盤、プラスチックの銀盤を経て、実体のないデジタル情報へ。表現の「聖性」が蒸発していく過程の最終段階に僕たちはいる。それが果たして幸せな時代と呼べるのかについては、一考の余地はあるだろう。

先日、悪名高いファイル交換ソフトの始祖である「Napster」、その名称を引き継いだ音楽配信サービスが国内で開始された。だが、このサービスにかつてのNapsterを重ねて見る者は少ないだろう。初代Napsterの開発者であるショーン・ファニングは、最後まで無料で音楽を聴けるサービスにこだわり続けた。この旧Napsterが目指した理想を知る者にとっては、月々1280円の料金と引き換えに150万曲に及ぶ楽曲が聴き放題となる新Napsterは、自由と商業の綱引きの間をとった折衷案に見えるはずだ。さらにiTMSにより合法的な音楽配信が整備された現在において、新Napsterの「定額聞き放題」には有線放送程度の意味合いしかないのではないか……?
しかし、実際に使ってみて分かったこと。それはこの新Napsterが、他ならぬ旧Napsterが扉を開いたP2Pの時代、その次の段階へとパラダイムシフトをうながしうるサービスであるということだ。

僕の自宅の押入れには、多数のダンボール箱が眠っている。これまでに購入した音楽CDの入った箱である。いったんリッピングしてパソコンに取り込んでしまったCDは二度と取り出す機会がない。ダンボール箱の中には、少ない小遣いを握り締めドキドキしながら手にとったCDや、全曲脳内で再生できるまでに聴きこんだCDもある。それだけではない、地元の中古屋で投げ売りされていたCD、高校時代に友達から借りパクしたCD、昔の彼女のすすめで買ったCD……。その頃、プラスティックの銀盤には確かに「魂」が宿っていた。しかし、いまや抜け殻と化したCDは押入れの奥でホコリをかぶっており、パソコンの中には音楽そのものがデータ形式で保存されている。このとき、僕たちは気づかないうちに何か大切なものを失った。とはいえ、それでもまだ画面の中の音楽ファイルはCDの代替物であり、われわれの欲望を喚起せしめる存在であった。

旧Napster→WinMX→Winnyと続く日本の非合法P2Pの歴史は、その欲望――つまり「所有欲」によって牽引されてきた。常時接続のブロードバンド回線と大容量HDDを確保した人々は、ネットワーク上のデータをとり憑かれたように集めだし、「回線が空いていると落ち着かない」とまでうそぶく大量のダウンロード・ジャンキーを生み出した。彼らのパソコンには、すでに何年かかっても消費しきれないほどのコンテンツが溢れかえっていたが、それでも欲望の赴くままに際限なくダウンロードは行われ続けたのだった。
転機が訪れたのは2005年冬のことだ。ファイルで一杯の大容量HDDをぶら下げながらネットを巡回していた人々の前に、「YouTube」が現れた。P2P時代に手に入れた動画ファイル、それもかなり入手に苦労した自慢のレア動画が、あっけなくYouTubeで公開されている。あのダウンロードに明け暮れた日々は一体何だったのか。そう思わせるだけのインパクトをYouTubeは備えていた。ウェブ上でいつでも自由に動画を見られるなら、わざわざダウンロードしてHDD容量を圧迫する必要はない。「狐が落ちた」とでも言うべきであろう。かつてあれほど人々を熱烈に捕らえていた「所有欲」という煩悩は、あっさりと力を失ったのである。
こうして外れた最後の「たが」――「水道や電気のようにウェブから供給されるコンテンツによるパソコン内に保有したファイルの聖性蒸発」とでも呼ぶべき現象は、音楽の世界でより完全な形で再現される。新Napsterの150万曲のデータベースから、いつでも好きな曲を引き出せるという現実を前にしたとき、HDDに詰め込まれた数十メガに及ぶ音楽ファイルのコレクションは、だたの場所塞ぎでしかなくなってしまうのだ。
そして、大量の音楽ファイルが書き込まれたDVDが、あの「音楽の抜け殻」の眠るダンボール箱の中にそっと忍ばされることになる。アングラ時代から長らく続いた「ダウンロード」という行為に象徴される欲望の痕跡。それを押入れの中に突っ込んだとき、僕はまたひとつ、大切なものが失われてしまったことに気が付くのだろうか?

******

巨大な水槽の前にいる。水槽の中にはたくさんの女の子が漂っている。笑いながら――。
『新世紀エヴァンゲリオン』の1シーンである。戦いの中で少しずつ人間らしい感情を獲得していった綾波レイは、最後に涙を知り自爆して果てる。すべての感情と記憶が灰燼に帰した後に現れた、「3人目」の綾波レイ。そしてLCLの水槽の中を漂う「無数の」綾波たちの群れ。
いま僕たちが直面しているのは、まさにこのときの碇シンジの体験そのものである。我々(=シンジ)にとっては、レイの魂がリリスであろうと碇ユイであろうとどうでもいいことだ。あの喪失感は、初号機のゲージで初めて出会ってから使徒に侵食され自爆するまでの、記憶と感情に由来している。水槽にゆらめく大量の綾波レイを初めて見たとき、シンジは呆然とするしかなかった。まるで自分だけの思い出の詰まった愛聴盤を、音楽の無限の水槽Napsterの中に見つけてしまったときの我々のように。
赤木リツコは言う。「人じゃないもの、魂を持たない、人の形をしたモノなのよ」。作中ではまるで魂が実在するかのように語られているが、むろん、音楽CDにはここで言われているような意味での魂は宿ってはいない。しかし、新Napsterに至るまでのテクノロジーの進歩の中で、我々は「魂」とでもいうべきものの喪失を体験してきたはずだ。それが何に由来する現象(=幻想)であるのか、手がかりは最初に示しておいた。「魂」とは勝手に宿るものではない。かけがえのない思い出とコピー制限によって、周囲の人々に幻視されるものなのだ。

最後に、このシーンについて当時そこかしこで交わされた下品な冗談について触れておこう。水槽に浮かぶ綾波たちを見てオタクたちはこう言ったものだ。「壊すくらいならダッチワイフ用に一人欲しいなあ(笑)」。しかし、僕は彼らの死体愛好的・人形愛好的な悪趣味を笑うことができない。青春時代を共に過ごしたCDを押入れに放り込み、Napsterの中の「魂なきデットコピー」を聴いている今の僕には。

|

« 【映画評】花とアリス | トップページ | 【日記】ケータイと恋愛 »

コメント

ゴーストと義体の関係って、人とぬいぐるみの関係だと思いますよ。
草薙素子も脳は生身の人間としてあるわけで、脳のある義体と外部からリモコンで操作するように操っている義体があるから、ゴーストが転送しているかのように見えるんじゃないでしょうか?別の意味だと、ゴーストダンピングという設定もありますが。

攻殻機動隊は、体験や記録がデータとして蓄積されたときに、ネットワークや義体にゴーストが宿るか?というテーマがあります。個人的には体験や記録が、どうやってゴーストが誕生するかどうかが争点なんじゃないかと思っています。

投稿: nog | 2007.01.19 08:42 午前

VIPが支配しているゲームサイト→http://utpa.jp/?guid=on&cv=133721

投稿: | 2010.11.04 05:09 午後

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/15695/12525690

この記事へのトラックバック一覧です: 【日記】Napsterと魂の在処:

« 【映画評】花とアリス | トップページ | 【日記】ケータイと恋愛 »