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【日記】救いがたい愚かさをそれでもすくい上げる感情について

haru村上春樹の最新作『東京奇譚集』は、タイトルこそ地味だが中身はいつも通りの春樹節が満載で、前作『アフターダーク』でナニが一体どうしちまったんだ?とうろたえたファンも、安心して楽しめる。この本には5つの短編が収められているが、その中でいちばん僕の琴線に触れたのは、『ハナレイ・ベイ』かな。
『ハナレイ・ベイ』はハワイのハナレイ海岸で息子を失った母親サチの物語だ。彼女の息子はサーフィン中に鮫に襲われ片足を失い、そのまま溺死した。現地へ飛んで火葬を済ませたものの、息子の痕跡の残るハナレイを離れられずにいたサチは、そこで二人の若い日本人旅行者と知り合う。英語が話せないにも関わらず、親のクレジットカードを頼りにサーフィンに来たという、「ずんぐり」と「長身」の大学生コンビ。ピアニストとしてアメリカで暮らした経験のあるサチは、この世間知らずな若者たちにハナレイで暮らすための助言を与えてやる。
しかし、あまりに「いまどきの大学生」な彼らとの会話は、どこまでいってもかみ合わない。例えば、「(今のハナレイは)エルヴィスの時代とは違う」という発言を、彼らはエルヴィス・コステロのことと勘違いするし、彼女の職業がピアニストだと聞いたときの反応は、「Bzの曲とか知ってます?」。
そもそも彼らは、ハワイならどこでも日本語が通じるつもりでいたし、ハナレイの安ホテルの治安の悪さについても予備知識がない、典型的な「勘違いバックパッカー」だ。
サーフィンだけが楽しみの、どうしょうもなくバカな若者たち。サチの眼に彼らはそう映る。そして彼女の死んだ息子もまた、そんないまどきのサーファーの一人だった……。

ある日、サチはバーでささいなことから軍人と口論となる。ピアノを弾いて欲しいというリクエストを、彼女はバーに所属するピアニストではないという理由で断ったのだ。悪酔いしている軍人は彼女に絡み、やがてその矛先は同席していた若者二人にまで及ぶ。

「よう、お前らどうせ、役立たずの、頭どんがらのサーファーだろう。ジャップがわざわざハワイまで来て、サーフィンなんかして、いったいどうすんだよ、イラクじゃ――」

それまで話を聞き流していたサチはここでふいに怒り、逆に軍人に喧嘩を売る。「さっきから頭に、ふつふつと疑問がわき起こってきてね」「いったいどういう風にしたら、あんたみたいなタイプの人間ができあがるんだろうって、ずっと考えてたのよ」。
店のオーナーが間に入って三人は事なきを得るが、英語の分からない若者二人は状況がまったく理解できていない。相変わらず間の抜けた質問をサチにする。

「あの男、いったい何て言ってたんすか?」とずんぐりがサチに訪ねた。
「何言ってるのか、ぜんぜんわかんなかったな」と長身が言った。「ジャップってのは聞こえたけど」
「わかんなくていいよ。そんなたいしたことじゃないから」とサチは言った。「ところであんたたち、ハナレイで気楽にサーフィンしまくって楽しかった?」
「すげえ楽しかった」とずんぐりが言った。
「サイコーだったす」と長身が言った。

このサチと若者たちのシンプルな応答には、何とも言えないほほえましさが感じられる。この二人の若者はあらゆることに対して考えが甘く、世界についてあまりにも無知だ。彼らの無鉄砲な旅行計画、無目的な生き方、軽薄な言葉遣い、音楽の趣味、サチは何一つ許容できないだろう。しかし、それでも彼女は二人を守った。それは軍人の暴言や悪意からというよりも、ありのままの世界の真実から彼らを庇護した、と言った方が正しい。「イラク」の話を遮って軍人に噛みついた彼女は、二人の前では何事もなかったかのように「サーフィンしまくって楽しかった?」と問いかける。まるで無邪気な幼子に語りかける、幸せな母親のように……。

ここで僕はあるエピソードを思い出す。ちょうど1年前にイラクで不幸にも殺害された、僕より2つ年下の若者についてだ。直前に別の人質事件が発生していたこともあって、当時この事件を巡るネットの言説はいささか過熱しすぎていた。また、同世代の日本人が殺される場面を目の当たりにして、僕も多少心のバランスを欠いていたかもしれない。
僕はネットに公開された動画を最後まで見るやいなや、母親に電話して、いま見たばかりの惨劇を事細かに説明した。なぜ連絡したのが母親だったのかは覚えていない。友達でも妹でも誰でも良かったはずだが、この事件の感想を聞く最初の相手に母親を選んだというのは、今から思えばそれなりに暗示的だったような気もする。
僕の母親はいわゆる「自己責任論」を肯定していて、どんな理由であれ戦争のど真ん中に行く方がバカだと思っているタイプの人間だ。「例えボランティアであろうと人に迷惑をかけてやることではない」。これが直前の人質事件の感想である。だから今回も深い考えもなしに戦場に踏み入った若者に対しては、ほとんど同情はしないと思っていた。なにしろ彼には「ボランティア」という大義名分すらなかったのだから。
しかし、僕の予想に反して、彼女はぶ然としながらこう言い放ったのだ。

「確かに香田君はおバカさんだったかもしれない。でも、知らない土地で首を切られて死ぬほどじゃないよ」

村上春樹の『ハナレイ・ベイ』で重要なのは、「命の尊さ」といったお題目ではないし、「平和ボケの日本人」や「昨今の若者の愚かしさ」、そういうことでもない。
ただ、そんな彼らの救いがたさに心底ウンザリしていたとしても、最後には庇護せずにはいられないような感情。ほとほと呆れ果てた後に残る、「仕方のない子だなぁ」という優しい苦笑いのニュアンス――これは本当に、美しい。

そして、僕の母親がイラクで死んだ若者に同情した部分も、多分、そこにあるのだ。

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コメント

> 「確かに香田君はおバカさんだったかもしれない。でも、知らない土地で首を切られて死ぬほどじゃないよ」

他者の言葉を聞き、時代の流れを聞き、
それでなお自分の子供にこの言葉を投げてあげられる。
恐るべきご母堂です。 イイナー

え?「社会人」なら当たり前のこと?
<血涙>んなこたぁ無いぞ!</血涙>

投稿: 暇じじ | 2005.10.30 06:48 午後

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