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【日記】東浩紀×滝本竜彦「降りる自由と僕たちの未来」

東浩紀×滝本竜彦「降りる自由と僕たちの未来」に行ってきたお!

詳細なレポートはこちらをにお任せするとして、個人的に興味深かったところを、記憶が残っているうちに拾い集めて書いてみる(メモは取ってなかったんでうろ覚えです)。

滝本竜彦はデビュー前に、エヴァの二次創作に手を染めていたそうな。内容はといえば、箱根の第三新東京市から小田急線に乗って綾波レイが逃げてくる。彼女はネルフの諜報部員に追われていて、それを主人公である滝本竜彦がかくまい、二人の同棲生活が始まるというもの。本人も自覚しているとはいえ、これは確かにキモい(笑)。

で、トークライブは進み、終盤になって出てきたのが、一人称と三人称についての話題。これはニートはいかにして自己肯定すべきか、という議論の一部なのだが、東浩紀は「他人を僻んだり羨んだりするのはまったく無意味だ、なぜなら他人と自分はあらゆる前提(才能、運など)が違うのだから」「能力がないものは仕方がない、それで申し訳なく思ったり、後ろめたく感じる必要はまったくない!」と客観的立場から、主観的でマイナス思考な発言をする滝本をアジり倒す。
さらに、「一人称でしか世界が見えてない奴(動物)も、三人称でしか世界が見えてない奴(機械)も馬鹿だ。その両方があるから人間なんだ」という理論を展開。「文学作品は一人称の世界と三人称の世界の両方の側面を備えて初めて傑作になる。ファウスト系の作家には三人称的な世界観が足りない」と、文学的な方向に話を転がしていく。
その具体例はこうだ。「福引機のハンドルをガラガラ回して、玉がいくつかお盆の上に転がり落ちる。そのうち隅っこに転がる玉もあれば中央にいく玉もあるわけだが、隅っこの玉から見た世界ではなく、福引機を含めた全体の仕組みが見えるような作品を書いてほしい」。東浩紀はこういう意味のことを言って滝本を焚きつけていた。

また、東はかつての盟友であった阿部和重との断絶(?)についても若干触れ、「彼は文壇の中で生きていくことを選択し、自分はそれに耐えられなかったので出た」と述べている。これは確か「状況を作っては壊し、作っては壊しを繰り返して、現在の東浩紀がある」という話の中だったと思うが、先の例えにならうなら、阿部の近年の作品、特に『シンセミア』は、まさに福引の全体像を三人称で描いた作品ではなかったか。
滝本は、「文学って何ですか?(ライトノベルとどこが違う?)」という質問をしていたが、東の回答は「それは掲載誌で決まり、ラノベとの本質的な違いはない」というもので、今ひとつクリティカルでなかった。でも、このニートの自己肯定を巡る議論で、そのあたりの見通しもよくなったんじゃないかな。鍵になるのは「三人称」の世界。
よし、これで大塚英志をやっつけるんだ!(笑)

とにかく終盤がめっぽう面白かったこのトークライブ。中盤まではかなりグダグダで、二人も「こんなんでいいんですかね?」を連発していたが、終電が気になってきたあたりで、突如あずまんのエンジンに火が入り、かなり熱のこもったトークが繰り広げられた。「そろそろシメ」というメモを手渡されても、「終電がある人はとっとと帰った方がいいですよ。自己責任です」と構わず話を続けるヒートぶり。
東は滝本の昔のエピソードに何度も「それ熱いな」とコメントしていたが、この夜一番熱かったのは間違いなく、23時を回ってからの東浩紀だった!

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