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【日記】90年代よ永遠に

交響詩篇エウレカセブン』でスーパーカーの『STORYWRITER』が流れたぞ! 『ハチミツとクローバー』でもスピッツの『青い車』が!今期のアニメでは90年代がリヴァイバルしまくりんぐ!やはり90年代ノットデット!!むしろ90年代フォーエヴァー!!!

みたいなことを書こうと思っていたら、なんとなく入った本屋で、偶然目にしたスヌーザーの、たまたま開いたスーパーカー・ラストインタビュー……とは名ばかりの石渡淳治単独インタビュー(byタナソー)が、あまりに衝撃的だったので、今回は急遽内容を変更して、『スパカ残酷物語 ~90年代は死体でした~』をお送りしますです。

ぼくがスーパーカーと初めて出会ったのは、1997年のとある暑い夏の日。エヴァ劇場版は観ちゃったし、FFVIIは3周目に突入したし、大学は退屈だし、彼女はできないし。世界の終わりまであと約2年を残しながら、いつ「恐怖の大王」が降りてきても準備万端オールオッケーな心構えができてしまった18歳のぼくは、短い余生を大学の授業なんぞに費やすのはツマランと考え、毎日マンガを読んだり音楽を聴いたりして無駄に過ごすことに決めたのだ。

そんなとき、なんとなく入ったツタヤで、偶然足をのばした新譜コーナーの、たまたま目に付いたオサレな新人バンド……と見せかけた田舎バンド(スーパーカー)が、あまりに衝撃的だったので、今後は急遽人生を変更して『ボクはサブカル少年 ~もうオタクは卒業だ~』をお送りしますです。

とはならなかった。残念ながら。
『スリーアウトチェンジ』の数曲を視聴したぼくは、確かにポップで透明感があって良さげだけど、この手の音楽は売れないと即断。だいたい、なして青森がら出てきたばがりなのに青森人のCD買わねばなんねえんだが。バガくせえっきゃ。と、すぐに棚に戻しましたとさ。

こうして、ぼくとスーパーカーの出会いは、さしたる衝撃もなくアッサリ終わったわけだが、ぼくは決してこのバンドが嫌いなわけではない。1stと3rdは所有しているし、残りのアルバムもレンタルで全部聴いている程度にはファンなのだ。
そしてそれ以上に、ぼくが家を出たのと同じ年に、彼らが同じ青森県からデビューし一部で高い評価を得たことは、ぼくのメンタリティに非常に大きな影響を与えている。ぼくらは、「青森出身の芸能人は?」と聞かれて、淡屋のり子だの吉幾三だの、果ては三上寛だのと答えねばならなかった世代とは違う。『スリーアウトチェンジ』を、記憶の片隅に留めて棚に戻したその時から今日まで、彼らはぼくの人生の伴走者だった。

それにしても、このインタビューで語られたナカコーとジュンジの絶望的なすれ違い、ナカコーが「詞には何も感じない、興味がない」と言い、ジュンジがそれに失望しながらも詞を書き続ける。ああも見事に90年代後半の空気を体現したバンドが、内部にこんな断絶をずっと抱え続けていたというのは、確かに衝撃ではあった。しかし、スーパーカーというバンドのオリジナリティは、こういったすれ違いの可能性を内包した、メンバー同士の距離感にあったとも言えるわけで、それはインタビューの中でも語られている。

「4人が持ち寄った空気がもうすでに低かったんでしょうね。バンドで書いた曲を、俺が歌詞を書いて、また違う人が歌うっていうと、審査員がバンド内で何回も目通す感じになってくるんですよね。冷静にやっちゃう。そうすると、さらにどんどん作品も温度が整ってくるというか。元からメンバーが持っている空気自体がシレーッとしてるのに相まって、ガチッと、ある温度で止まるんですよ(笑)。氷結するんです。」

つまり、スーパーカーのカラーは「今はこういうのがカッコイイぜ!」とコンセプト先行で作られたものではなく、バンド内の関係性がシステマチックに作用した結果の、必然的なものだったということだ。
それは、名実ともに90年代の「始まり」であったフリッパーズギターの、詞(小沢健二)と音(小山田圭吾)の密接な繋がりとは対照的だ。彼らは音楽や歌詞の機能に対して常に懐疑的であり、それが彼らの批評性でもあったのだが、ロックも言葉も信じないという点において、二人は志を同じくする「不機嫌な双生児」だった。コーネリアスの1stアルバムがフリッパーズのエピゴーネンだったこと、つまり解散後も小山田は小沢の詞を必要としていたことからも、それは明らかだ。

「意味のない言葉を繰り返すだろう 向こうの見えない花束のよう」
(ラヴ・アンド・ドリームふたたび)

フリッパーズギターが「~だろう」「~するだろう」というフレーズを多用し、先が見えすぎて動けなくなる隘路に入り込んだとしたら、スーパーカーはその予言の結び目をほどいて「見えない」地点に立ち返ろうとした。

「青春の最中は前をずっと見つめていてよ
運命も運勢も多分きっと当たってないよ」
(Hello)

初期スーパーカーの詞は、盲目でしかありえないという大いなる諦念と、それでも前に進もうとする微量の意志の配合で構成されている。この新種のニヒリズムは、フリッパーズの二人が「『信じない』ということを信じる同志」であったのに対し、もはや何をもって連帯するかも定かでなく、ただバンド内の関係性が作品のトーンを決定するという意味で、「ポストフリッパーズ」の名にふさわしいと言える。スーパーカーは、詞(ジュンジ)と音(ナカコー)の分裂を抱えていたからこそ、氷結した空気に熱を内在させる「マジック」を表現できた。この分裂は、無関心を前提とした空気の中に美意識を見出すという、一筋縄ではいかない方法論を要求したが、それこそが、戦争とオウムと震災の後、終末まで2年を残した空白の時代を象徴するオリジナリティを生み出したのだ。

フリッパーズギター解散の原因となったとウワサされる、渡辺満里奈の結婚発表を横目に、ぼくは考える。稀代の天才二人を翻弄したお姫様が嫁に行って、90年代のA面はひとつの決着を見た。彼女の王子様はオザケンではなくネプチューン名倉だったという、意表を付かれたオチだが、ニヒリズムと悪ふざけを基調とした世代にはそれもふさわしかろう。では、90年代のB面、諦念と無関心のスーパーカー世代には、どんな区切りが用意されているのだろうか。
あの世紀末が贖われる日を、ぼくらの青春に復讐される日を、ぼくはずっと待ち続けている。

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コメント

こんばんは。

「ああも見事に90年代後半の空気を体現した
バンドが、内部にこんな断絶をずっと抱え続け
ていたという」

失礼ですけど、スパカを出さずとも、
バンドってそんなもんじゃないですか?

バスケのチームが、目的(試合に出ること)において
かろうじて成立し得ているように。
その間は、その内実だとか、個人の持つテクスチャーの意味や好み
などはひとまず括弧入れされているという。

投稿: gj | 2005.04.21 12:40 午前

ぼくもそうなんですけど、TUTAYAで新しいモノと出会うってほとんどなくないですか?あそこは純粋なデータベースってかんじ。なんだかんだいって雑誌とかラジオとか佐藤友哉とか(笑)古めのメディアに頼っているダメさ加減。

投稿: kinutakotsu | 2005.04.21 01:02 午前

> gj さん
んー、ただスーパーカーの場合は、曲担当が「歌詞はどーでもいい」と言い切ってるわけですから、目的(この場合は完成するトータルの作品像)を共有してるかアヤシイ。

にも関わらず、曲・歌詞・ボーカルがマッチした作品が出来るのは、インタビューにあるとおり、メンバー間で何度も目を通しても恥ずかしくないような色を選択してしまうからで、だからスパカの作品の独特のトーンは、4人の関係性から生まれたものではないのか、と。

>kinutakotsuさん
確かにTUTAYAはね…オススメも超定番ばかりだし。まあ、客層が広すぎるから層を絞ってオススメするのはリスキーなのかも。
佐藤友哉といえば、水没ピアノの中村一義は似合い過ぎてたなあ。

投稿: 管理人 | 2005.04.25 10:29 午後

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僕がスーパーカーに見た光。 それはもうフリッパーズじゃなくてもいいんだ。 という新たな導きの光でした。 素晴らしいコラムです。必見の価値あり。 [続きを読む]

受信: 2005.04.20 09:26 午後

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