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【日記】戦場としてのWikipedia

Wikipedia」は、ユーザーが書き込むことで成長するオンライン百科事典プロジェクト。最近よく検索の上位にヒットするので、すでに知っている人は多いかと思うが、実はここ、紛争の多発地帯でもある。なにしろユーザーが自由に編集できる百科事典だ。政治的な項目は投稿合戦になるのが目に見えている。最近では、フランスでのカルト指定に触れるなど批判的な論調で書かれていた「創価学会」の項目が全削除され、さらに著作権侵害の記事が投稿されたということで編集機能が停止、なんて例もある。過激な信者さんが意図的に潰したんだろうけどさ。(停止前の内容はGoogleのキャッシュで読める)。現在は「ノート」で議論が繰り広げられているが、落としどころはサッパリ見えませんねえ。

で、紛争ウォッチャーのぼくとしては、他に面白そうな火種はないかな?と、「中立的観点に議論ある項目」にカテゴライズされている記事(要は内容にクレームがついてモメてる記事)の一覧を眺めていたんだけど、「大東亜戦争」や「朝日新聞」といったいかにもな項目の中に、「富野由悠季」を発見したぞ!……って、何でやねん(笑)。

何をモメているのかは「ノート」を参照すれば分かるが、要するにZ以降の富野作品の評価を巡る対立だ。現行の記事では「富野はZ以降はクソだけどキンゲで復活した」という解釈を前面に押し出していて、いわゆる自虐・破綻・皆殺し路線を完全に否定している。つまり、「1st原理主義者」がここぞとばかりに怨念を吐き散らし、それに後期富野の支持者が反発するという、旧シャア板で見飽きた構図がここでも繰り返されているわけだ。中でもワロスなのがノートでの以下の発言。

「ZZのような破綻極まりない、おふざけ番組のなか無残な死をとげたハヤト小林。ガンダムのファンは完全に舐められました、この時点でハッキリと。」
あんな柔道ブタどう死んだっていいだろw。確かにZからVまでの富野作品の評価は10年が経過した今も定まらず、それがガノタの言説を活性化させている面もある。だが、仮にも公共の百科事典であるWikipediaで、個人的な評価を丸出しにしちゃうここの1st信者には嘲笑溜息を禁じえない。「評価が分かれる」とでも書いとけばいいのにね。

さらなる火種を求めて、未だにアンチの少なくない『機動武闘伝Gガンダム』や『新機動戦記ガンダムW』、『機動新世紀ガンダムX』も調べてみたが、これらは無難な作品紹介のみで、トラブルの気配は一切なし。唯一「評価」に踏み込んでいるのが『機動戦士ガンダムSEED』だが、これも冷静な状況分析の範囲内に留まっている(少々書き過ぎだとは思うが)。

結論としては、「自分の価値観を人に押しつけるような真似はやめましょう」ということで。決して1st信者はウヨサヨ房なみに痛いなんてことが言いたかったわけではありませんよ?ええ。

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