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僕らが厨房であり続けるために~2ちゃんねるクソスレ論

「2ちゃんねる」の板一覧の上位に位置する「ニュース速報板」「ニュース速報+板」「ラウンジ板」は、三つ巴の紛争多発地域。反目しあい血みどろの抗争を繰り広げる「2ちゃんねる魔の三角地帯」である。

この3板の傾向を整理すると、

ラウンジ板…住人のほとんどがコテハンで馴れ合いが中心の板
ニュース速報板…ニューススレとクソスレが混在する殺伐とした板
ニュース速報+板…厳格な記者制を敷くマジレスが多い板

といった感じだろうか。

中でもラウンジ板とニュース速報板の抗争は熾烈で、互いの板に侵攻しでは勝手に植民スレを作り、そこの住人と煽りあいを繰り返している。ニュース速報+板は記者以外はスレを立てられないので侵攻はできないが、ニュース速報板ではニュース速報+板を嫌悪し、ニュース速報板でマジレスする輩の増加はニュース速報+板の住人の流入だと信じて疑わない。もちろんニュース速報+板もクソスレしかないニュース速報板を馬鹿にしきっている(ラウンジ板とニュース速報+板の関係は寡聞にして知らないが、恐らくお互い関心がないと思われる)
同じ穴のムジナ同士のあまりに馬鹿馬鹿しいケンカだが、この3板にはネットの住人たちのステレオタイプ、さらに「ネット上でいかに生きるか」いう問題が集約されている。時事問題を語りたがるニュース速報+、ハンドルを使いコミュニケーションを楽しむラウンジは、良くも悪くも真摯に何かを求めて「2ちゃんねる」にやってくる。それはニュースを肴に語る自己主張だったり、ヌルく馴れ合うコミュニケーションだったりする。そしてニュース速報は唯一その不可能性に気づいている板なのだ。
ニュース速報板住人はラウンジ板のようなマターリとした雑談には耐えられない。甘ったるい馴れ合いでコミュニケーション願望を満たせるほどのんきではないからだ。ニュース速報板住人はニュース速報+板のように真剣にニュースを語らない。社会問題にマジレスしたくらいで自己顕示欲を満たせるほど単純ではないからだ。それでもやはり沈黙は耐えがたい彼らは、ほんの短いレスで交わす刹那的なふれあいだけを信じる。ゆえにニュース速報板はネタスレや思いつきで立てたクソスレが乱立し、殺伐とした一行レスで埋め尽くされるのだ。これを単なる創造性の欠落として片付けることはできない。なぜならこれは90年代以降の文化の根底に流れ続ける不毛さだからだ。コピーだらけの80年代を経て、「何も語れないこと」を語るしかない地平へと僕らは来てしまった。そしてニュース速報はその世界像を忠実に反映している。

そんなニュース速報板に不意に現れるクソスレ。「ょぅι゛ょ」「うんこ」「ちんちんシュッ!シュッ!シュッ!」「ゆずゆたんハァハァ」。本来のニュースに関するスレッドを差し置いて、こんな下劣極まりないスレッドが乱立する事態を運営側は重く見て、さまざまな対策を打ち出している。手動でクソスレを停止させるスレッドストッパーの導入。スレッドそのものを立てにくくする徹底したホスト規制。一定数以上の「kuso」という書き込みでVIP板へとスレを移動させる住人判定システム。加えて、クソスレを隔離するための「私のニュース板」「バカニュース板」の設立。だがクソスレ用の板はそれ自体が矛盾をはらんだ存在でしかない。クソスレを立てるために作られた板に立つクソスレは、もはやクソスレではないからだ。ニュース速報板の中にあるからこそ、クソスレはクソなスレであり続けられる。そして僕らはそのクソとしか言いようのないスレッドを求め続けているのだ。
なぜならクソスレこそが、意味を語ることが信じられなくなった僕らに残された最後の言葉だからだ。それは決して頭が悪いとか、社会に関心がないとか、人との会話が下手だからではない。匿名掲示板という自由すぎる言語空間の中で、あらゆる発言とその揚げ足取りを見てきた末の失語症。そんなニヒルな僕らに唯一発しうる言葉が「 ゆ ず ゆ た ん ハ ァ ハ ァ 」であったとしたら、一体誰がそれを責められようか。あらゆる解釈を拒絶しながら、おそるおそるさし出した指先で互いに触れ合うような、悲しく、しかしそうでしかありえないコミュニケーション。自ら失笑しながら、そして失笑されることを期待しながらクソスレを立てる。そのあまりの馬鹿馬鹿しさを共有するときにだけ、僕らはほんの少し分かり合える。それはこの世界で語りうる言葉は、もうくだらないジャンクしか残されていないという悲しみであり、同時にジャンクだけが持ちうる可能性を示してもいる。

この僕らを失語症へと追い込むニヒリズムは、時として「祭り」という形で顕在化する。しかし「祭り」はいかにその視点がニヒルであろうとも、背後に「馴れ合いたい」という欲望が働いているのは明らかだ。普段はあれほどねじ曲がった見方をするニュース速報板住人が、「祭り」の時だけは疑いもせず無自覚に馴れ合いへとなだれ込む。「騒ぎが大きくなると面白いから」という野次馬根性で、特に主張もないのに「祭り」に参加する彼らの態度は、一見ニヒリスティックでニュース速報板らしく思える。しかし、事件なりニュースなりの媒介を利用して、安易に「他者と繋がれる」という幻想を自分たちで加速させることは、ラウンジ板の馴れ合いよりたちが悪く、ニュース速報+板のマジレスより愚かしくはないだろうか。ニュース速報板の住人たちはそのニヒリズムゆえに、自身が嫌悪する2つの板より愚劣な道を選んでしまうのだ。
ニュース速報板は自らの美学を完遂しなければならない。それは「祭り」という形でみみっちく発露する「馴れ合いたい」という願望を叩き潰せるほどの圧倒的なニヒリズムであり、殺伐とした虚無感が渦巻く地獄のごとき匿名掲示板だ。2ちゃんねらーが「便所の落書き」に嬉々として群がるネット住人の最下層であることを、僕らはもう一度思い出さなければならない。「2ちゃんねるに集うのはクズばかり」という懐かしくすらある大前提を、僕らは復活させねばならない。そして、馬鹿の一つ覚えのように祭り祭りと浮かれまわる「祭り厨」どもをニヒリズムの炎で焼き尽くし、自己否定と同族嫌悪の無限連鎖が引き起こす劫火の中に、自ら飛び込んでゆくのだ。このように自らを厨房=ジャンクと規定するときだけ、「2ちゃんねる」は信じるに値するメディアになれる。かつての「オマエモナー」というコピペに象徴されたように、誰もが等しく自己言及性に晒されていること。これが「2ちゃんねる」の持つ最大の可能性なのだから。

マジレス厨をあざ笑い、馴れ合い厨を馬鹿にし、殺伐とした世界を作り上げよう。そして、時には下らないクソスレで遊び、その空しさにうちひしがれよう。それこそがあらゆる可能性の出尽くした世界に、名前すらなく産み落とされた僕らが選びうる、最善の生き方なのである。

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