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【漫画評】GOGOモンスター/松本大洋

gogo.jpg松本大洋の一連の作品、『花男』から『鉄コン筋クリート』『ピンポン』までのモチーフは一貫している。それは無垢と理性を象徴する2人のキャラクターの対立と和解だ。賢さゆえに道を誤る理性が、汚れを知らない無垢なヒーローに救済される。この構造はこれらの作品の中で執拗に繰り返されてきた。しかしそれは作品を追うごとに微妙に変化し、結末において現実との新しい接点を見いだそうとしているように思える。『花男』では、草野球のオヤジがプロ野球で活躍するというファンタジー的な結末へとアクロバティックに着地したが、『鉄コン筋クリート』の最後には宝町を飛び出し南の島にいるシロとクロという控えめな幻想が付け足されるのみ。『ピンポン』ではペコがドイツでプロになるという、『花男』的なファンタジーの一方で、スマイルは教員となりドラゴンは日本代表から外れるという現実が突きつけられる。そしてこの『GOGOモンスター』では、学年が一つあがった二人の少年が自転車で疾走しているという、何の変哲もないラストシーンが描かれるだけだ。
『GOGOモンスター』では、無垢が現実世界に存在することの苦しみが初めて描かれている。花男やシロやペコのようにユキは世界には受け入れてもらえない。彼は教室で疎外され孤独だ。幻想でしかなく、しかしそれゆえに魅力的だった無垢を現実に定着させようとする軋み。それがこの作品に通底する重苦しさだ。「理由もなくヒーロー」だった花男から、「挫折し努力をするヒーロー」のペコを経て、松本大洋はいよいよ無垢なヒーローを現実へと放り出す。そこでユキが味わったのは、級友から変人扱いされ無視されるという酷薄な世界だった。
さらに、この作品では従来の無垢と理性の関係も崩れている。ユキは花男やシロやペコのように、対になる理性を救おうとしない。そもそもユキは暗黒面に落ちたIQを救うためではなく、学校生活から逃避したいがために「奴らの世界」へ行ったのだ。これまでの作品で対になって互いを補完していた無垢と理性は、『GOGOモンスター』では無力だ。それどころか二人は連れだって校舎の奥深くへと旅立ってしまう。これは松本大洋が描き続けてきた二面性によって世界を調和させる構造の限界とみていいだろう。もはや無垢では理性を救いきれない。それどころかユキは周囲の世界に耐えられずに自ら箱をかぶろうとする。それほどまでに『GOGOモンスター』に取り入れられた現実は重いものだった。
ユキが口にする「スーパースター」とは何だったのか。他の松本作品を鑑みるに、その存在はユキ自身を指していたはずだ。そしてユキの幻聴によれば、それは「内臓は溶け出し脳は固まりはじめる」前のユキ、つまりヒーローでいられた頃のユキに違いないのだ。しかし、「スーパースター」はもうユキの前に現れない。それはユキが成長して大人になろうとしているからだ。彼はこれまでのヒーローたちのようにイノセンスを維持できない。それもまた松本大洋がこの作品に取り入れた現実である。ヒーロー性を剥奪され世界に裏切られた無垢は、理性と共に世界の深淵へと足を進める。現実から遠く離れ、幻想の世界を通り抜け、扉の向こうにある寒くて深い暗黒へとたどり着くユキ。ここでIQを救うはずだったユキは、マコトのハーモニカによって逆に救われている。しかしマコトはユキを補完する存在ではない。なぜならユキの世界を理解できないマコトとの間には断絶しかなかったからだ。花男と茂雄、シロとクロ、ペコとスマイルは同じ世界を共有し、互いが互いを補い合う関係だった。それはユキとIQも同じだ。しかし暗闇の底でもう一人のIQと対峙していたユキを救ったのはマコトという他者、彼が疎外され逃げ出したはずの現実からやってきた、たった一人の友達だったのだ。
『GOGOモンスター』は松本大洋の一つの転機となるだろう。ここで初めて無垢は無力にも敗れ去り、それゆえにこの作品の結末にはファンタジーがない。『ピンポン』でアクマやドラゴンを通して垣間見えていた現実は、『GOGOモンスター』では完全に幻想を乗り越えている。それがあの二人の少年が自転車で疾走する、何の変哲もないラストシーンの意味するところだ。現実と幻想が結びついた甘く美しい世界を過去のものとした松本大洋は、一体どこに向かおうとしているのか。その答えはきっと『ナンバーファイブ』の中にある……といいなあ(笑)。

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コメント

初めまして★TB失礼します。

松本大洋つながりということでデビュー作『ストレート』を紹介してみました。
あまり読まれた方がいない様ですので、ストーリーに沿ってコメントしてます。

『GOGOモンスター』も大好きです☆

投稿: 163 | 2005.01.11 01:22 午前

なかなか、鋭い論評ですね。
ここでの論評の視点からの「ナンバーファイブ」、「竹光侍」評を是非読んでみたいです。

投稿: P!PONE | 2010.09.02 01:13 午前

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